なんとかなる日々

なんとなく きげんよく のびやかに。

土のゆくえ

実家の母もいろいろと植物を育てるのが好きな人です。
猫のひたいほどの小さな庭に、所狭しといろんなものが植えられています。
雑草と思っていたら「これはなに」「それはなに」と唱えて、お味噌汁にとネギを切ったり、三つ葉をきったり、そうそうミョウガがでてるのよ、と切ってこいといわれても、どこにあるやら、猫のひたいのジャングル探検になります。

山育ちで、母の父、わたしの祖父ですね、がいろいろと木を植えてくれたそうです。母の実家は、7人兄姉妹を育てるにあたり、実のなる木を庭にたくさん植えていたそうです。祖父がうちに植えてくれた甘い実がなる柿の木、さくらんぼのなる桜はまだ健在。絶えてしまったけれど、あと記憶にあるのは、ぶどう棚、びわ、月桂樹(ローリエ)にヤマモモ。

きっと、育った環境がその人の原風景になるのかなぁと思っています。
だから、実家の庭も、母の実家によく似たジャングル。母の作りたい庭、母が心休まる庭は、私からしたらジャングルなんだろうなぁと思う。

今はなぜか皇帝ダリアが庭の真ん中に鎮座してます。あれは、工場の敷地とかに植わってると見事なんだけど、うちの狭い庭には似合わんよ、とわたしは常々言っているものの、母本人はお気に入りらしく、毎年盛大に咲かせています。父も、庭は母の領域として、もう口をはさみません。

父の実家は、庭木や植物を植えているようなのではなく、コンクリをべたっといれて、納屋とガレージにしている感じ。父はどちらかというと、ぱーっと何もない平面が好みのようだけれど、口をはさまないことが円満の秘訣とばかりに、だまって見守っていますね。かしこい。

それがね、あるとき、母が土の袋を何袋も買い込んで庭に運び込んだときに、「そんなにようさん、どないすんねん。庭に山を作るつもりか」と口にしたことがあるのですよ。

それを聞いて、わたしも、確かにそやな、と思ったのです。土をつぎつぎと投入して、築山にでもするつもりなんやろか、とちょいと心配したことがありました。
母はあきれた顔をしてましたね。

で、今、きゅうりをね、土増しして育ててるので、わかるんですけど、土ってなくなるんですよ。土の養分を吸収して植物が育つ。物理的にも土は減るのです。減った分、きゅうりになったり、あさがおになったりしてる。
だから、心配しなくても、実家に築山ができることはないんだな、と今更ながら納得。

盆栽のことをね、ちょっと調べたら、あれは毎年、太い根も切って植え替えているんですって。地中と地上の姿って比例しているらしくて、小さな枝をいっぱいつけるのには、繊細な根をいっぱい残すらしい。だから、あの小さい鉢に納まっているんだとか。

今、旺盛に葉を茂らせているきゅうりの姿の同じだけが鉢にある、と思うと、そりゃ、土が足りんわなぁと。
ほかの鉢も姿をみて、地中の様子も想像して。夏が終わった秋口に、いろいろと植え替えしてやったほうがいいかなぁと考えています。


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