なんとかなる日々

なんとなく きげんよく のびやかに。

ことばのかけかた 「急に具合が悪くなる」③

急に具合が悪くなる  著:宮野真生子 磯野真穂

おもしろかったので、まだ続きます。
書かれていることから、わたしの思考がどんどんひろがってます。

人類学者が、目に見えて体調が悪くなっている哲学者へ、どんな言葉がけをするものかを行きつ戻りつ逡巡していて、そのなかで「〇〇との接し方」が世間で出回り始めてるのだけれど、それに対する警鐘というか苦言?が書かれていて、そこでも、わたしは目から鱗だったのですよ。

わたくし、コーチングとかカウンセラーとか傾聴とか、コミュニケーション系のお勉強も随分といたしておりまして、その会話というか、相手とのコミュニケーション技術の基礎になるのが、相手の気持ちや考えをそのまま まるっと承認するという技術で、自己一致とかともいうのですけどね、なかなかに小難しい技術なのです。
その技術を応用したような受け答えが、一般的な場面でも、よき対応例としてあちらこちらに散見されるようになってきてます。
たしかに、まるっと承認してもらう受け答えをしてもらうと、気持ちいいのですよ。

「そっか~、そんな気持ちだったんだぁ。そう思っちゃったんだねー」

ただこれだけのセリフなんですけどね。これ、言ってもらえることってあまりないですよね。見ていると、子供のイヤイヤ期の対応とか、鬱の人への対応とか、〇〇との接し方にほぼ出てきてますね。あと、オウムがえしとかね。

でもこういうのは、会話を硬直させる、て分析されてます。これは、カウンセラーとクライアント、医療者と患者といった関係性の中でかわされるもので、契約が結ばれた言葉のやりとりであって、実は会話じゃない。たしかに、このセリフがいかされてくるのって、それぞれが「ある立場」でいるからこそ成立するコミュニケーションの中よねぇ。会話ってもっと、ぬるっと変化していくもので、双方が楽しむものだと。

そういえば、むかぁし、コーチングの技術をつかって相手していた人がいて、そのときはものすごく懐かれたのだけれど、コーチング技術をはずして、素の会話をするようになった途端に距離をおかれた人がいました。そういうことですね。

円滑なコミュニケーションで、楽しくお友達になれたら、と思うけれど、心理学系の技術を使った対話を会話にとりいれていくには、それだけじゃだめなんだな。むずかしい。

以前も書いたのですが、いまは「がんばれ」が敬遠されがちですけど、わたしはわりと好きなことばで、上手に伝えられるといいなぁと思ったりしてます。
やっぱり「ぱにゃにゃんだー」が最強かしら。
音の響きもいいですよね~。

 

 

 

 


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