なんとかなる日々

なんとなく きげんよく のびやかに。

カウント

数ではなく、数えること、と理解しています。カウント。

音楽をやっていると、「1日何時間練習する(してた)の?」とよく聞かれます。
うーーーーん‥‥たぶん、たくさん練習していることで「さすが」とか「だから」と着地するんですよね。でも、それって、わたしには、違和感満載なのですよ。

たしかに、中学のときとか「〇時間勉強した」っていうことを日報みたいに毎日担任に提出するしくみがあったりした。そのおかげかもしれないけれど、高校はわりと進学校に入学することができた。

高校になって、フルートの個人レッスンに通い始めて、そのときになって初めて「自分で気がすむまでやる」っていうものになったというか。時間とか回数とかじゃないんですよね。

5歳から習っていたピアノの練習はハノンを3往復、とか、このパッセージを20回/日とかで宿題がだされていて、練習する曲は、レッスンでまるをもらうため、に弾いてた。つまらん。なんて、つまらん指導なんや、と思います。中学時代のブラスバンド部のときも、ひたすらカウントする練習。

なんのために?がはいってない練習とか勉強なんて、ただの承認欲求でしかない。まったくもって音楽じゃない。

レッスンでまるをもらうため、テストでいい点数をとるため、進学校に入るため‥ぜんぶ自分の承認欲求をみたすため、やんね。つまらん。

時間とか、回数とかじゃなく、こんな音が出したい。この「ぽぅんっ」ていう出だしの音をだすには、このタンギングかなぁ、息はこのスピード?、このブレス?、口の中はこれくらいの広さ?喉は?舌の位置は?唇の形は?、息と指の動きはあってる?リズムの中で始められてる?‥で、次のフレーズにつながってる?‥と、ことばにしきれないチェック項目を自分でさぐって、確かめるのが練習。毎回、違う。それが楽しい。
時間とか回数じゃないんですよ。

あ、そういうことができるようになる「練習の仕方」として、カウントすることを教えてくれていたのかなぁ。としたら、本末転倒やなぁ。

できればいいやん。

と、うだうだ書いてますが、鍼灸整体院での筋トレ。
「はい、それあと10回」とか「続けて30回」とか言われるですよ。慣れない腹筋やら、足上げやら、数なんて数えてられません。意識も朦朧としてきてますし。
力いっぱいできてたら、ええんちゃいますのん?


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