なんとかなる日々

なんとなく きげんよく のびやかに。

ルーツ

母の抗がん剤。1クールの半分を過ぎました。年があけてからのPET検査の結果、ターゲットの腫瘍がほぼ消えています。あと半クール。味覚異常と脱毛の副作用はでているけれど、機嫌よく日々を暮らしています。感謝。

居間で両親と話していて、田舎の話になり。
そういえば、と居間(和室)の鴨居に差し込むようにして飾っている、セピア色の古ーい引き伸ばした写真の話になりました。
わたしは、おばぁちゃんが映っている、という認識しかなかったのだけれど、その写真をじっくり見ながら、これが誰、これはあの人、と父母の記憶語りをききました。

3列で20数人、1列目の真ん中にしなびたおばあちゃんがちょこんと座っています。
この方が私から数えて5代前のおばあちゃん。(驚)

なんかセピア色の父母の思い出の写真なんやろなぁと見ていただけなので、そうやって自分のルーツとしてしげしげと眺めたことがなかったので、驚き満載です。今まで、どんだけぬかってたんだか‥。

私の祖父の兄弟が出征するときに撮影した写真。
2列目中央に軍服を着た少年が映っています。1列目にもう一人、中学生ぐらいで学生服をきた少年の他は、みんな着物。ちっちゃい子供は、着物の上に白いエプロン。
出征するのは祖父の弟だったそう。

祖父母夫婦が小さな赤ちゃんを抱いていて、それが父の兄で、私の伯父にあたる人。わたしの父は次男なので、まだ生まれていない。
祖父の母が、2列目真ん中の軍服の少年の横に。祖父の母ってことは、わたしのひぃばぁちゃんですね。息子を戦争に出す母だったのですね。
おばぁちゃんから、ひぃばぁちゃんにきついコトを言われた話を何度か聞いたことがあります。それでも、全部笑い話にして、話してくれてました。おばぁちゃん、超強い。

おばぁちゃんは、たしか、16歳で祖父のとこに嫁にきて、子供がなかなかできなくて(お姑さんにいろいろ言われたらしい)お医者さんにもみてもらったら、まだおばぁちゃん自身が子供で体ができてないから、ていう診断だったんよ、と。7年目でやっと長男を授かって、そのあとぽんぽんぽんと6人。ていう話を聞いていた。てことは、この写真は、やっと長男が生まれたあとの写真なんだなぁ、と、今更ながら、そんな風に眺めてみました。おばぁちゃん、おそらく23歳ぐらい。若い。それでも、何年も姑とのあれこれを乗り越えてきてる世代。

まんなかのお姑さん(ひぃばぁちゃん)が、きっと、今の私の年代なんだろうなぁ。

昔の田舎なのでね、今よりも老けてる印象だけれど、セピア色ながらも、眼がきらきらしてるですよ。その上の大ばぁちゃん(?)はさすがに、意識とんでいそうな年寄りですが、おそらく、今のわたしの両親ぐらいの年齢なんだろうなぁと。

そこに居てくれたからこそ、わたしという一人の人間が存在してる。まさか、こんなのにつながっているとは露とも思わなかっただろうけどなぁ、と、古い古い写真を、あらためて感慨深く眺めました。


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